匠の会の制震パネル『安震ウォール』で地震に強い家づくり

こんにちは、匠の会横浜南・湘南センターの高橋です。

匠の会には『安震ウォール』という匠の会オリジナルな《制震パネル》を提供してます。

この《制震パネル》は、平成16年(2004年)10月に匠の会25周年記念商品として発売しました【Cell Meister House(セル マイスター ハウス)】に搭載されている《制震パネル》なのです。img_6443

弱い地震時には『耐震』で働き、い地震時には《ブチルゴム》を間に挟んだ鋼板に歪みを生じさせることにより地震エネルギーを吸収し建物を崩壊させにくくする装置です。

東日本大震災から5年、最近では熊本地震と巨大地震が日本を襲っています。
匠の会の会員社はでは少しでも地震に強い家づくりで、そこに住まわれている方々の命を守ることを第一に家づくりに励んでいます。

写真は只今神奈川県逗子市で施工中の新築現場で『安震ウォール』を取り付けている様子です。
『安震ウォール』に関してのご質やご相談はお気軽に匠の会までご連絡下さい!

 

 

光が漏れる・・・

こんにちは。

協同組合匠の会 世田谷センターの井口です。

昨日は熊本地震視察に関して書きましたが、一転してちょっと夢を。。。

私の住む地域から7~8分歩いてたどり着く高台は別世界の高級住宅街。

そこを通るたび溜息の出る美しい漏れる光の効果をねらった住宅です。

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↑は鉄筋コンクリートだけど。。。

木製・アルミ製の桟を利用したバルコニーも

その前を夜通ると漏れる明かりに「人が生活しているんだ」と心が癒されます。▼

熊本震災

こんにちは。

匠の会 世田谷センターの丸山工務店です。

震災後、半年たった熊本へ行ってきました。

4月14日にマグニチュード6.5、16日7.3という大地震に2回見舞われるという想定外中の想定外の状況で。。。古い建物はもちろん、比較的新しい建物が
ぐちゃぐちゃになった風景がどこまでも続いていて。。。何とも重苦しい気持ちを抱えて東京に戻ってきました。

建築基準法は1回の大地震しか想定していません。
新しい建物でも潰れていたのは基準法をギリ守っていた家でした。

その中でも地盤が悪いとされた地域に分譲された住宅が一つも潰れず、                  しっかりと建っていたのです。これはどうした事でしょうか。。。

まだ調査中なので想定なのですが、分譲ですからプランはお客様との打ち合わせはなく、  設計者が設計した通りに建ちます。そして建築基準法は最低基準という意識が設計者に  あれば、1階のLDKの大きさはほどほどにして基準の1.5~2倍の耐力壁を入れたのでは ないか?

1階にやたら広いリビングと大きな窓。要注意です!!!

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鳥取県で震度6弱

こんにちは。匠の会多摩南センター 大丸建設の安田です。

10月21日(金)14時7分頃、鳥取県中部を震源とする最大震度6弱の地震が発生しました。震源の深さは約11kmと比較的浅く、地震の規模を示すマグニチュードは6.6で津波の心配はありませんでした。

地震後5日が経過しましたが、まだ震度4や震度3が頻発し活発な状態で安心できない日が続いています。お近くに住まわれている方は十分にご注意ください。

今回の地震内陸型で、起こした断層は横ずれ断層と考えられています。過去1年でも、今回の震源周辺でM4程度の地震が何度か起きており、この周辺で最近起きた規模の大きな地震は2002年のM5.5の地震。また鳥取での規模の大きな最近の地震は2000年の鳥取県西部地震があり(M7.3 住家全壊394件)、この断層付近で起きた過去の大きな地震は1943年の鳥取地震(M7.2 住家全壊7485件)でした。

現在は地元の応急危険度判定員が各家屋を調査して廻っているそうです。傾いた建物などは十分に注意してください。

関東地方でも最近地震が多いですよね。いつ来るかもしれない大地震に備えて皆様も今一度、避難場所や防災グッズの確認をしてみてください。

クロスの貼り分け

新宿センターの大栄工業㈱です。

リフォームのちょっとした一例です。
クロスをかえて変化を愉しむことができます。

こちらは天井。
折り上げ天井なので変化が分かりやすいですね。%e5%86%99%e7%9c%9f

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋につきでた構造躯体ですがあえてクロスを変えることで、
オブジェのような存在になりました。

 

 

本末転倒?

匠の会武蔵野センター、諫早建設の酒井です。  dsc01761_r

先日TVで見たニュース。

「ハイブリッド車のエンジン音が聞こえないために起こる、特に視覚障がい者の事故が最近多発しているので、接近しているのが分かるように、ガソリン車並みの何らかの音を出すように法令を整備する」
とのこと。

なんだかこれって、
「高気密高断熱の家にして、24時間換気を義務付ける」
のと似ていませんか?

やっぱりちゃんと風の通り道を作って、機械に頼らずにに自然の風を取り入れて快適に過ごせるような家を設計するのがむしろ理に適っていると思うのですが・・・。

最近では電車でも窓が開かなくなって、年中空調を廻している。
時に依っては(と、云うよりもしばしば)電車を下りると外の方が快適な気候の時もありますものねえ。

何だか本末転倒のような気がしてならないのは私だけでしょうか。

 

 

墓場・・・・?(おまけ)

匠の会武蔵野センター、諫早建設の酒井です。

宮脇檀の本の中で、ギリシャのミコノス島についての記述がある。

私が行った唯一の海外旅行(=新婚旅行「ギリシャエーゲ海とスイスアルプスの旅10泊12日」)でも同じギリシャのロードス島を訪れた。

このときの印象は強烈で、アテネから何だか心許ないプロペラ機に乗せられてロードス島に向かったのだが、真っ青(と言うよりもエメラルド・グリーンにも見えた)なエーゲ海に浮かぶ島の上空に来ると一面の墓石。

まるで島全体が一面の墓場、のように見えたのだが、飛行機が高度を落として行くと見る間にそれが家々の真っ白い壁だと言うことが分かってその美しさに息を呑んだ。

多分、実際に見てみないとこの驚きはなかなか伝わらないと思うのだけど(って、ちょっとエラそうですが)、本当に海の色と建物の白さがくっきりとしたコントラストで陽光にキラキラと輝いている。

島では法律で定期的に外壁を真っ白に塗り直さなければいない、とのことだったが、だからこそこの美しさが保たれる、ということが良く分かった。

本当に感動モノなんですよ!

出窓

匠の会武蔵野センター、諫早建設の酒井です。

宮脇檀の「暮らしをデザインする」から
「窓のもう一つの大事な役目は、町に向って楽しい家の中の雰囲気をこぼしてあげること。
美味しいコーヒーの匂い、綺麗な花、楽しいピアノの音・・・・が道を歩いていて感じられれば誰でも気持ちよくなる。ヨーロッパの人たちが皆窓に花を飾っているのは、窓は道のショウウィンドウだと思っていて、道を飾るためにしているのだ。いま流行の出窓などは、まさにそのための窓といってよい。
道から見える位置に白い格子のはまった可愛いこんな窓を作り、花や季節の飾りものをしているーそんな家が立ち並んだ住宅地が出来たら、それは本当に住んでみたくなる街、環境だと思いませんか?
貴方がそんな家を作り、そんな住み方をすれば、貴方がその街の環境を作ることになるのです。」

私は「日本の住宅の」出窓が好きではない。それは私の唯一の海外旅行である新婚旅行先のスイスで「本物の」出窓を見てしまったから。

道の両側に建つ家々にはほとんどの窓に出窓があって、しかもその全部の窓に美しいレースのカーテンとそこから花などのちょっとした小物が覗いている。

「出窓」になっていなくても窓の外の小さなベランダには可愛らしい花の鉢植えが置かれていたりする。

宮脇檀が言うように、本当にあちこちから「楽しい家の中の雰囲気がこぼれて」いた。
スイスの街並みはその出窓を眺めて歩いているだけで本当に愉しく、美しいものでした。

日本で「出窓」って言うと、より広く見せる、より光を取り込む、より風を受けるなど、機能面がクローズアップ若しくは優先されることが多いような気がする。

本来の出窓ってもっと非生産的なものなのではかいかと思う。

要は機能性よりも気持ちの余裕であったり、気持ちの豊かさであったり。もっと言えば自己満足のためのもの。

私は出窓はそれでいい、というかむしろそれくらいゆったりとした気持ちもってこその出窓だと思うのだけれど・・・・。

そして一軒だけ文字通り「取ってつけたような」出窓があっても少しも愉しい街並みにはならない。そもそも街“並み”にならないと意味はない。

その違いは何か、と言えば、スイスなどにはきっと長い時間をかけた「文化」が根底にある、そこに出窓がなくてはならない理由があるのだと思う。

そういう「文化」を持たないのに出窓という「形」だけを持ってきてもやっぱり違和感が残るのだと思うのだが。

家は魔法の酒瓶?

匠の会武蔵野センター、諫早建設の酒井です。

「暮らしをデザインする」を読み進めて行くとこんな行(くだり)が。

「酒瓶に水を入れたら水が酒に変わることなぞないことを知りながら、子供室を作ったら勉強嫌いの子供が突然勉強し始めたり、美しいリビングをつくったらほとんど口をきかなかった家族たちが突然集まって合唱したりなどということを夢想したりする。
家という容器を考える時はまずその中に入る生活がどういう生活かを良く考えてみる。容器によって生活が変わるのではないから、いましている生活を良く考え、それに合うような家や建物をどう作れば良いか考えなければいけないはず。それができていないのが日本の建物。」

「ここでもう一度、家というのは、家族が家族だけでデレデレするための建物だという原点を思い出して、わが家にとってお互いのふれあいを確認し合う家とはどんな家だろう、というところから出発して欲しいのだが。」

いやー、いつも私が思っていることそのまんまなので(エラそう!)、ものすごく納得です!

よく、「子供が部屋に引きこもらないように子供室はリビングの近くに」とか「外から帰ってきて玄関から直に子供室に行けないようにリビングを通る様な動線にしてください」等のリクエストを頂くことがあります。

それはそれぞれのお客様の考え方や思いがあるでしょうから決して否定するワケではありませんが、果たしてそれでいいのか?

それで問題が解決されるのか?と、言うことを常々考えていた。

要はリビングが愉しい空間であれば、そこで家族の愉しい会話があれば子供は自然と自分の部屋ではなくてリビングに来るだろうし、学校から帰ってきてちゃんと「ただいま!」って言うように躾ければそのように育つだろうし、ということ。

家は決して魔法の酒瓶ではないってことですね。

イヤ、私ではなくて宮脇檀が言ってるんですよ。

ソファーはひっくり返るもの

匠の会武蔵野センター、諫早建設の酒井です。

本屋で何気に立ち読みをしていたらなんだか面白くて思わず購入してしまったのが
建築家宮脇檀(まゆみ)の「暮らしをデザインする」

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宮脇檀素人の私が言うのもおこがましいが、この人の価値判断の根底にあるのは常に「カッコいい」こと(らしい)。

ただ、そのカッコよさは飽くまでも住まう人の生活スタイルがあってこそ。
なので、決してピカピカのカッコよさではない。

例えば
「ソファというのは本当は座るというよりはひっくりかえるもの。酒飲んで、酔っ払ってゴロンとひっくり返って、テレビでもぼんやりみていようかというとき用のもの。疲れて帰った人がああくたびれたと思いっきりその上で手足を伸ばすために使うもの。めったに来ない客のために用意などするものではない。

とすれば、人が一人寝られるだけの大きさで、座もひじも柔らかい布か皮の、まるで大きなクッションを寄せ集めたようなフニャフニャという感じのものを選べばよい。もう一つ柔らかいクッションでもまくらの代わりにおいて、テレビの前にでも据えておけば、前のソファの時には信じられないようにもう皆がそこに座りたがり、家族中で争奪戦になること請け合い。
娘一人と住んでいるたった二人の家族が、一つのソファを争って毎夜の闘いが展開されているわが家からの報告である。」

まだ、読み始めたばかりなので読了後はもう少し違う景色が見えてくるのかもしれないが、何だか楽しみではあります。
今まで朝の通勤電車の中では爆睡タイムでしたが、しばらくは読書タイムになりそうです。