[用語解説]玄関とは

記事担当 株式会社笠原工務店(ホームページ

そもそも玄関とは? 言葉の意味と由来を知る

言葉には意味があります。
その意味に辿り着く「由来」を知ると、同じ玄関でもまた違った見え方がするかもしれません。

今回は「玄関」の言葉の意味と由来について数多くの出典を引用して迫っていきたいと思います。


◆ひとこと解説◆
玄関は、その家の格式をも表す大切なもの!
由来は諸説あるが、仏教では、玄妙の道に入る入口、すなわち仏門に入る入口を意味する。



■引用:玄関とは

<引用1>
建物の主要な出入口。昔は家の格式を表すものとして、玄関をりっぱにし主として客を迎えたり主人の出入りに用い、家族は内玄関から出入りした。しかし現代住宅では、玄関には機能的な出入口の役目をもたせ、必要以上にりっぱにするとこはなくなった。広さは家族数にもよるが、最小でも畳1枚ぐらいは必要でその半分は土間としてコンクリート、タイル、石材など水洗いのできる材料で仕上げる。他の半分は板張りとし、土間より20~25㎝ぐらい高くする。玄関には衣類掛けや靴箱を設ける。また外部に通じる戸には、錠、ドアチェーンなどをつけ、のぞき窓やドアアイで訪問者がわかるようにするとよい。

出典:ブリタニカ国際大百科事典小項目辞典

<引用2>
中国において(老子)に(玄之又玄衆妙之門)とあるように幽玄の門の入口という意であったが、転じて禅学に入門するという意味に使われた。日本においても字義どおりになり、ついで、武家住宅の式台(戸口の前につけた低い板敷の縁)付きの入口、さらには一般住宅の主要な入口主要な入口をさすようになり、今日では一般住宅の入口の意味が定着している。日本の禅宗寺院では、鎌倉時代末期に書かれた建長寺の伽藍指図中に、伽藍の中軸線にそって方丈西隣の得月楼にいたる廊の中扉に玄関の書込みがあり、方丈への入口を意味していたことがわかる。

出典:世界大百科事典 第2版

<引用3>
住宅の正面の出入口。禅宗寺院の方丈への入口。公共建築の正面出入口も玄関とよばれることが多い。仏教における玄妙の道に入る入口、すなわち仏門に入る入口を意味することから、方丈への入口を玄関とよんだのが初めてである。

住宅の入口にそのための施設を設けたのは、平安時代の寝殿造の中門廊につくられた車寄や板扉が初めであろう。中門廊の車寄は、柱間に両折板扉を用い、軒唐破風をつけ、縁に昇るための段を設けている。これらの施設は中世の主殿造の中門に受け継がれ、主殿では短く突き出した中門の付け根の柱間に車寄を設け、続いて連子を横に入れた連子窓であるはきあげ連子、端の柱間に両開きの板扉を入れ、その先の落縁に妻戸をつける。これら車寄、端の板扉、妻戸を身分によって使い分けていた。近世になると中門は形式化し、式台および玄関が出入口になる。初め突き出た駕籠を下ろすための低い板床を玄関、取次の部屋を式台とよんでいたが、江戸時代に入って全体を玄関とよぶようになった。公家住宅では近世にも輿や車を使っていたので、正面入口は玄関ではなく輿寄あるいは車寄である。

民家では玄関をつくることが許されず、町屋では通り庭の入口に大戸を設け、農家でも土間への入口が出入口であったが、庄屋など上層の民家では役人を迎えるために玄関をつくることが許された。明治になってその禁がなくなり、庶民の住宅にも玄関がつくられるようになった。しかし敗戦まで玄関には格式残っていて、主人や客のための表玄関と、家族のための内玄関、使用人のための勝手口が使い分けられていたが、近年の都市住宅では区別がなくなり、玄関一つの家も多くなった。公共建築では、小学校などわずかな例を除いて屋内でも下足のままであるが、いかに洋風が取り入れられても日本の住宅では下足のまま生活することはなく、近い将来日本の住宅から現在のような玄関がなくなることは考えられない。

出典:日本大百科全書(ニッポニカ)

<引用4>
現在、玄関とは建物の正面入り口のことをいいますが、もともとは「玄妙な道への関門」という仏教用語から来ています。玄妙の玄は、奥深い悟り、道理を意味し、妙は、すぐれているという意味で、玄妙とは、奥深くすぐれた道理や真理を意味します。つまり玄関とは、「奥深い仏教の悟りへの入口」という意味になり、このことがやがて「お寺の入口」を指すようになりました。

日本では鎌倉時代におもに禅宗系の寺院においてお寺の入口を玄関とよぶようになっていき、室町時代になると書院造の建物が作られるようになり、書院や方丈の入口を玄関と呼ぶようになりました。この書院造は、当時の東山文化の代表的な建築様式でお寺だけでなく、将軍家や朝廷の人々にも取り入れられ、当時のお偉方の屋敷の入口も玄関と呼ぶようになり、家の格式の高さを表す目安になっていきました。

江戸時代になると、玄関は一般の家屋にも取り入れられるようになり、武家屋敷などにも玄関が取り入れられるようになりました。町や村の名士の家には必ず玄関があり、町内の揉め事は名士の家の玄関で解決されたそうです。庶民にとってそれだけ玄関は特別な場所であったわけです。

その庶民の家に玄関が取り入れられ始めたのは、身分制度が廃止された明治以降になり、玄関にかまどや流しがある台所と兼用の玄関が登場しはじめます。これが玄関という言葉が現在の建物の入口という意味となっていった流れです。

     出典:大阪の仏壇店 お仏壇の滝本仏光堂ホームページ


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