お客様インタビュー:信頼できる「ホーム・ドクター」です

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【お客様名】K様
【ご家族構成】設計当初:ご両親、ご夫妻、息子3人、計7人
【設計・営業担当】諫早建設 目黒 
【所在地】東京都三鷹市
【完成引渡し】平成5年12月
【インタビュー場所】諫早建設応接室

K様 
インタビュアー:諫早建設(酒井、吉川)

海外在勤中に、「匠の会」の広告を見たんです

酒井:家づくりのきっかけは?

K様私が40代の後半から50代の前半まで海外在勤中だったんですよ。で、ロンドンで「匠の会」の広告を見たんです。その前から子供達(息子が3人居るんだけど)の進学と就職活動とそれと同時に親の老後の面倒を見るという問題が出てきて、それで、母親と“三鷹の家をどうするか”っていうことで住宅展示場にも行ったことがあるんですよ。

 でも住宅展示場へ行くとね、恐らくはあの展示場にある“二世帯住宅”はね、(頭の中には“二世帯”っていうのがあったんだけども)とてもじゃあないけど都内でも相当な資産家じゃないと建たない様なものばっかりなワケですよ。あり得ないですよ。

 これは住宅展示場の方に悪口を言うわけじゃあないけれど、“ムリ!”。それで、ある日、母親が「いつ(ロンドンから)帰ってくる?」っていう話があったときに住まいをどうしようかな、っていう話があったワケですよ。“それだったら一緒に住みたい”っていうことになったワケ。

 それで母親から「いつ帰ってくるの?どうするの?」っていう話になった時に“一緒に住む、どうしよう”っていう話をしていて、それで電話が切れて具体的な話にはならなかったんだけど、その時に、その週末だったかな、会社にある日本の新聞を持ってきて、たまたま広告欄を見てみたら、「匠の会」って中に、確かね「完工保証システム」っていうのがあったんですよ。それでね。

 ハッキリ言うと我々サラリーマンににとっては住宅建設っていうのは人生の一大事でしょ?それでまあ、相当のお金を銀行からローンで借りて、街場の(工務店の)方に行って頼むってないでしょ?だってここ(諫早建設)だってそういうことないでしょ?一番頭が痛いのが(会社が)潰れちゃうんじゃないかっていう心配ですよ。

 で、(「匠の会」の広告で)「完工保証システム」っていうのを見て「あ、これだ!」と思ってね。だってよくあるじゃないですか、街場の工務店に行ってね、要するに家が建つ前にどっか行っちゃったって、要は建築会社が倒産しちゃったらどうしたらいいんだ、って、それから出来上がった家が満足行かなかったらどうしたらいいんだ、って思ってたんですよ。

 その時に「匠の会」の確かその時は全国ネットみたいなのがあって、地域にそれぞれ指定の工務店があって、それで(その工務店を)「匠の会」っていうのが“保証します!”って書いてあって、先に大手の住宅メーカーでは大きな二世帯住宅って言うのはムリだ、っていうのがあったので、それで、(匠の会に)電話したんですよ。

 そしてね、私の住所を言ったら「三鷹地区は小平にある“諫早建設”が担当ですよ」って言って電話番号を教えてくれたんです。それが始まりです。だからいきなり私が諫早建設に来たんじゃなくて、「匠の会」のネットワークがあって、その中の“完工保証システム”が私にとっては必要だったわけ。

 だって大手のハウスメーカーに行ったって住宅展示場にあるようなあんなスゴイものはあの土地には建たないワケですよ。それでオーダーメードでウチの家族構成とかから考えてもらって設計してっていうのを話して建築を片一方が委託して受託してっていう「請負契約」っていう形がありますよ、っていうことを色々と教えてもらいながら家づくりに取り掛かったんです。

理想の家を目指して、設計の目黒さんとは結構ケンカしました

酒井:なるほど、そういうきっかけで私どもにご依頼いただいたワケですが、どういう家にしたい、どういう家を建てたい!っていう理想はあったんですか?

K様的は両親との二世帯。人生って色々なサイクルがあるから一つの家でずっと行くワケには行かないでしょ。結論から言うとその家には両親は住まないままに母が他界しちゃったんですよ。で母が亡くなっちゃったので父は私が面倒を見れない、っていうことで、結局老人ホームに預けたんです。

c2 でも父は自分の家が出来たので、たまに遊びに来て大変喜んで、帰りたくなくて困っている、という。気に入っていたんですよ。自分の部屋もあるし。本来なら私達と一緒に住むはずだったんですけど、だから家とすれば当初は私の両親と私達夫婦と息子3人、それぞれ部屋をくれ、と。

 因みにロンドンで私達が住んでいた家が上がペントハウスになっていてね、開けておくと風が入ったり、空が見えるワケですよ。それがちょっとイメージとしてはあったけどね。

 出来ないかと思ったけど「3階造ってよ」って言ったらね、(設計の目黒さんが)「高さや斜線の問題がクリアできれば出来ます!」って言うワケですよ。で、ちょっと南に寄ったんです。変な形だけど。それでその時の家族構成で、息子達ももう大きかったけど、大学生と高校生と…それで設計を何度も練り上げて、当時目黒さんが設計で、私は社宅で浦安に居たんだけどしょっちゅう来てくれましたよ。

 結構ケンカしましたよ。“ああでもない、こうでもない”って。当時私はホテルに出向してたから、ホテルの建築なんかで竹中工務店の人とか良く知っているワケ。だからそこで生意気な言葉を覚えてるから目黒さんもムッとするワケですよ。だけど今にして思えばとても良くやってもらって、それで建てたんです。で、建てたら母が亡くなって、私がまた今度は米国に転勤になっちゃったんです。50代の前半かな。そうすると家内も一緒に私に付いてきたから息子達3人であの家に住むことになったんです。

 だから当初全部で7人で住むところが男3人で住むことになったんですよ。でも彼等も自由気ままに勝手に自分の寝床とか居場所をつくって、だって台所も風呂も二つあるワケだから。だから若者にとっては快適な家だったんじゃないんですか?本来はそういう用途じゃあなかったんだけど。

 そういうことで当初のウチの家族構成に合せた家を目黒さんが設計してくれたんだけど、まあ何度描き直したんだか、ね。
途中、目黒さん怒っちゃったもん(笑)

吉川あのころは手描きでやってましたからね。今みたいに機械じゃなかったから。

週末に建築会社の方とお話できるのが愉しみでした

K様ああ、手描きだったですかね。だけどその場でサッササッサ描いてね。だけど私は目黒さんのことを友達みたいに好きになってね。最後はお互いに何か言わないと気が済まないようになっちゃって、家内も傍に居てチョコチョコ言わしてもらったりして。

 だからあの頃は変な話だけど人生の最大の買い物だけれど、建築会社の人とこういう話ができて愉しかったな。だから週末は家に帰るの楽しみでしたよ。“こんどこれ頼んだら(目黒さん)なんて言うだろう”って思ってね。最後、見積りの時はお金の計算になるでしょ。それで“これ入れろ”って言うと当然金額が上がるワケでしょ?じゃ、止めようか、いやそれじゃ意味がない、とかね。

酒井:先ほど“目黒が怒っちゃった”っていうお話しがありましたけど、
どういうところでバトルがあったんですか?

K様いや、いいことだと思うんですよ。大手のハウスメーカーとやったり、大先生ともやったりしましたけど、大先生はやっぱりこっちが金払うのに、細かいこと言えばソファーひとつだって譲らないですよ。ましてや天井だとか最後は什器備品、カーテンだって絶対に譲らない。だから私は設計者は「私はこんな家を建てたい」という理想はあると思うんです。逆にそういうのが無い人はダメだと思うんですよ。つまり「あんたがそう言うんならあんたの言う通り建ててやるよ」っていうような。

 だけど、飽くまでも頼んだ人は素人なんだから、結局(プロの意見を)“聞いておいたら良かったな”っていうことは一杯あるんですよ。

 そういう面ではそれこそ目黒さんは私の言うことに対して「そこは違うんです。こうした方がいいですよ」っていうのは親切なアドバイスだったと思ってる。だけど、お互いに言い合える間柄になっているから。ケンカはしていないけどね。だから面白いんですよね。一方的な会話で、例えばサーバントのような関係では家は建たないと思いますよ。ただ、大手の場合はそれはなかなか難しいと思いますよ。

完工保証システムは、当時は他にありませんでした

酒井大手とも比べられたんですか?

K様いや、比べてません。だって土地の制約から言っても大手のような家は絶対に建てられないのは分かっていたから。どこの展示場行ってもあんな二世帯住宅、建てられるワケが無い。少なくとも都内、都心ではムリ!そういう面ではやっぱり大手の方が客選びをしてるんでしょうね。

酒井じゃ、他の工務店と匠の会と比べたって言うことは・・・

K様ない!だってそれは何故かと言うと、匠の会には「完工保証システム」っていうのがあるから。もしそれが無ければ諫早さんのところには行かないワケでしょ?だからもしも他(の工務店)に行くとすれば私がそれ(完工保証)と同じものを若しくは信用状態を自分で調べなければならないワケでしょ?あるいは興信所でも使ってその建築会社の資産状態とか噂とかを調べなければならないけど、そんなことはできないじゃないですか。

吉川あの頃は「完工保証」っていうのは一般の工務店ではやってなかったですからね。

K様そうですね。だからそういう信頼関係というか、私の場合は小学校の友達のオヤジさんが確か工務店を遣っていたかな、じゃ相談してみようか、っていうのはありましたよ。でもやっぱり「個人」でしょ?だから「匠の会」っていう存在って言うのは当時は良かったんでしょうね。今はみんなそうなっているのかもしれないけど。

吉川:あの頃はみんなが求めているものにちょうど合ったんでしょうね。

K様:私みたいにローン組んじゃっている人間にしてみれば、「(工務店が)倒産しちゃったらどうするんだ」っていうことはまずきますよ。だからみなさん大手に多分行くんだと思いますよ。今も大手は、というか業績のいい会社は割合自社のスタンダードを守って、フレキシブルにはならないようにしているんじゃないかと思うんだけど。今は大分かなり個人住宅を建ててくれるようになってきたんですよ。

吉川:そう言う意味では工務店のイイ面をハウスメーカーが取り入れてきたっていう。

c3K様そうそう、最近はね。だから良く家を建てると「お前のところどこで建てたんだ」って必ず聞かれるんですよ。

 私が「諫早だよ」って言うと「イサハヤってなんだよ」っていうことになるんですよ。だけどまあ、そんなことを話してもしょうがないことだし、歴史がどうこう説明してもそれこそしょうがないしね。それと結局はなんて言うか相性が良かったのかな。

吉川:それが一番でしょうね。

K様吉川さんがしょっちゅう電話頂けたし、それが良かったんでしょうね。とても。

匠の会は仲人さんみたいなものかもしれないね

 

酒井:S様の認識としては「匠の会」に頼んだ、と言う感じでしょうか?それとも「諫早建設」に頼んだ、という感じでしょうか?

K様:「建築請負契約」を結んだのは私と諫早建設さんだったでしょ。もちろんとっかかりは匠の会のシステムがなければそもそもここにたどり着かないんだけれども。頭の隅には「匠の会」っていうのは「イザとなれば」っていうのはあったけれど、ハッキリ言って「請け負う契約」を結ぶ時点ではもう申し訳ないけど「匠の会」は消えてた。だって(匠の会に)相談したこと一度もないもの。

酒井:幸いにして「匠の会」が出てくるような事態(倒産とか)にはならなかった、ということですね?

c4K様:そうですね。だから電話番号も何も取ってないし。ま、最初のとっかかりの時は確かに新聞記事の切り抜いたのとか取ってありましたよ。ファイルの中に入れていたけど・・・・。もっと言えば匠の会のお世話になる様な人はもっと面倒な、匠の会が別に請負契約を結んでいるわけじゃあないから、って逆にそこまで考えることもありますよ。「完工保証システム」はいいけどどうやって遣るの?とかね。

 最後は要するに住宅建築会社と消費者とがピタッとくっつくような、そういう(接着剤のような)ものが「匠の会」だったんだと。それが「匠の会」がなくったって例えば親戚に居るとかね、私の家内の家とかは自分の知っている大工さんに遣ってもらった、とかいうこともあればね。だから絶えず、「信用」とか「信頼」とかがあれば、これで経済って言うのは成り立っているわけじゃないですか。

 ましてや住宅みたいな多額のお金を出すようなものは、そうするとそれを結び付ける触媒みたいなものがある意味、「匠の会」のシステムじゃなかったのかな、と思いますよ。それを求めている人は一杯いるし、場合によっては諦めてしまっている人もいるんじゃないかな。あるいは「思い通りに建たなかった」って言う人も居るだろうし。だから昔で言えばお見合いみたいなもので、そう言う意味では(「匠の会」は)仲人さんみたいなものなのかもしれないね。

水道のトラブルも、諫早さんにお任せしました

酒井結局、建ちあがってからどれくらいで海外に転勤になっちゃったんですか?

K様:12月頃建ちあがって、翌年の夏、6月か7月頃ですかね。

酒井:と、いうことは実際に出来上がった家で生活されていたのは半年くらい?

K様:そう、それで4年後に帰ってきてからまた住み始めるんですけどね。それからしばらくして水道が洩れたりしたんだけど。目黒さんが「水道が給湯器と遠いから一旦お湯を貯めましょう」って言って設置したタンクが古くなって水漏れしたんですよ。

 だけど、普通だったら冷蔵庫にぺたぺた貼ってある様な水道屋さんに頼むんだろうけど、ウチはすぐに吉川さんに電話して、そしたらスグに来ましたよ。だって台所の床なんて水浸しなんだから。で、その時は、はっきり言って私たちではニッチもサッチも行かないんだから。

 だけど街の水道屋さんに電話しても先方はどうなってるのか分からないじゃあないですか。そもそも知らないんだもん。来てくれるかどうかも分からないし、お金はいくらかかるか分からないし。そりゃ諫早さんに頼んだってお金いくらかかるか分からないけど、分かっていることは絶対に私達が納得できる金額だっていうこと。

酒井:それは信頼関係しかないっていうことですね?

諫早さんは居心地の良い「ホーム・ドクター」なんです

K様:そうそうそう。だからね、要するにね「ホーム・ドクター」なんですよ。そもそも「ホーム・ドクター」って医者だけどね。「家」の「ホーム」もあるでしょ?だからね、私にとっては諫早さんが「ホーム・ドクター」になるんですよ。だからこの時の給湯器の話もねガス会社が見に来て「もう古いから替えた方がいいですよ」って言うんだけど、彼らの言う上等なモノは我が家では必要ないワケですよ。

 だけど、我が家のニードと懐具合は吉川さんは分かっているから「こんなもんじゃろう!」って(ちょうどいいモノを)提案してくれるワケですよ。で、その「こんなもんじゃろう」が私にとっては非常に居心地がイイモノなんですね。それがつまり「ホーム・ドクター」なんですよ。だから家を建ててから随所に「ホーム・ドクター」が出てくるワケですよ。その時に吉川さんに電話するワケ。

酒井:先ほど、設計中のお話しもして頂きましたけど、途中でめげそうになったことってありますか?行き詰まったこととか・・・・。

K様いに、諫早さんが良かった、ということもあるでしょうけど、自分も段取り組んで一つ一つやっていて、請負契約を結ぶと同時に第一回目の支払いも済んで、ローンも進んでいるから、スケジュール通り行ったんでね。だからね止めようとか、打ちのめされたというようなことはなかったですね。

酒井それは幸せ・・・

K様でしたね!有難いことでしたね。

酒井:じゃ、家づくりは設計中も含めて愉しかった、と言うことで?

思う通りに家って言うのは絶対にできない

K様そうですね。あの頃は面白かったですね。ただ、一つ言えることは“思う通りに家って言うのは絶対にできない。”なぜならこちらも生活スタイルやサイクルが変わるから。だから人が亡くなれば使わない部屋も出てくるし。

吉川:設計段階では必要な部屋だったんですからね。

K様から先、先を見ながら家を建てるっていうのは非常に必要なことだと思うんだけど、実際問題としては、手持ちの問題をどう解決するかって言うのが大事で、しかも先、先のことだって人生どうなるか分からないし。

酒井:それこそ建てて半年で海外行っちゃうとか。予想されてなかったんですよね?

K様の場合は海外勤務が多いし、自分も海外が好みというか自分の仕事ができる、っていう自信もあったしね。良くあるけど、家があるから海外勤務をね変更してくれ、とか所謂、辞令に対して勘弁して下さい、っていうことはなかったですね。

そもそも「貸そう」って言う気は全然無かったですね。実際子供達も住んでたから。

設計時点とは家族構成が変わってしまった

酒井では、間取り的なところでの、空間的な住み心地はどうですか?

K様:(設計時点とは)家族構成が変わってしまったからね。7人家族で二世帯で設計したんだけど今は使っていない部屋が一杯あって、物置みたいになっているんですよ。もしも変わらなければ1階は両親が住んでいたんですけどね。でもある意味全てが手狭なんですよ。だから家内なんかも今では“広く台所とリビング一緒にしちゃおうか”とかね言ってますよ。

 だってあの狭い家にね、台所とリビングと風呂場が2つづつあって畳の部屋があって、おまけにベッドルームあってさ、それで家族が男の子がでかいのが3人居るわけでしょ?息子達の部屋もひとつづつ造って。だから当時の棟梁が「この家は丈夫だよ」って。「こんなに柱が一杯ある家は見たことない」って。部屋をみんなセパレートしたから柱や壁がいーーっぱいあるワケですよ。

 そして途中で予算がどんどん上がって行くわけですよ。ある程度は覚悟しているけどそれでも超えて行くでしょ。だからそうすると大手のハウスメーカーみたいに色々言わないで○DKなら○DK「一切合財でいくら」というこういうのが、所謂建売り住宅みたいなものですよ。そういうのでも若い人には受けるかもしれないけど、当時の私とか、もう少し贅沢を言う人には“大丈夫かな”っていうのはあるでしょ。

親が頑張って残した土地に建てられて良かった

酒井:家族の変化に依って間取りも使いにくくなったりしたのかもしれませんが「ここは良かったな」というのはどんなところですか?

K様親が頑張って残した土地に建てられて良かった、ということですね。

酒井:では、「匠の会」で家を建てたら幸せになるだろうなあ、というのはどういう人ですか?

K様例えば相続なんかも変わってくるでしょ?そうすると土地で財産を持っている方がある意味で圧縮でしますよね。それをまた子供が受け継ぐことができるでしょ。やっぱり人間って親から生まれてくるワケだから、親への感謝を忘れない人。所謂「保守的な人」ですね。「保守」って言っても政治的なものではなくてね。

 あとは家族とか両親とかを大事にする人。もう一つは「信用力のある人」ですね。

会社とのお付き合いではなく、人とのお付き合い

酒井:では、最後の質問ですが、「匠の会、諫早建設」で家づくりをしてどうでしたか?

c5K様:よかったですよ。家って建てて終わりじゃなくてそれこそメンテナンスだって必要じゃないですか。さっきの水道の話だって、電話すれば飛んできてくれるワケだから。それはもう、もし私が不満を持っていたりケンカしていたりしたら建ててお終いじゃないですか。だってもう20年以上のお付き合いですからね。

 ただ、大事なことは吉川さんが私よりも長生きしてくれなきゃ困る。社長から会長になるのはいいけど会長から居なくなってしまっては困ります。だから目黒さんが居なくなってしまったのは寂しいと思いますよ。そう言う点で誰かが繋いでいてくれればいいんですのが、ただ例えば息子たちに何かあった時に「諫早さんに行っておいで」というのと「諫早の吉川さんに行っておいで」っていうのとは違うと思うんですよ。

酒井:なるほど。では、決して会社とのお付き合いではない、ということですね。

K様:総じて言えばね。だから敢えて言えばそれを凌駕するほどの良さがあったから今でもお付き合いさせてもらってるんだけど。

酒井・吉川:ありがとうございました!

 

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